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非常時を日常として生きる

4月16日、緊急事態宣言が全都道府県に拡大されてから数日。
正直なところ、思ってもみませんでした。自分自身が、非常事態を日常とする日々を生きるとは。

「これがいつまで続くのか」それは、誰にもわかりません。専門家が予測を立てていますが、それは予言ではなく、一つの参考です。

わからない以上、「いつまで続くのか」と日課のように落胆するより、少しずつこの状況に適応する方が精神衛生上好ましく、パンデミック収束の後に元気に活動するための気力体力を維持できるというものです。

 

今まで当たり前だと思っていたことや思い込みを、違う角度から見てみることが、この事態に適応するための一つの方法ではないか、と実感しています。

 

 

思い込みを外して非常時を日常として生きる

 

グッと卑近な例で恐縮ですが、私の夫、在宅勤務に切り替わってから、そろそろ一ヶ月です。
毎日、会議もありますが、音声のみという事もあり、いつもの休日と同じ部屋着で、一日パソコンに向かって仕事をしていました。

ある日、何という事もなく「ゆるいジーンズを着ていたら、それに合わせてお腹周りもゆるくなっちゃった」という私の経験を話していたら、夫がハッとして「僕もマズい!」と言い出しました。
それ以降、勤務時間には、電車通勤していた時を同じように、ちゃんとウェストのあるチノパンを着用することになりました。

夫にとって、今まで、家は「ゆったりした服でくつろぐ場所」であって、チノパンは「家で着るもの」ではなかったのです。

でも、今は違う。家は「時間によっては勤務場所ともなる場所」になりました。「家」の意味が変化したので、「家で着るもの」もそれに合わせて変えたのです。

もし、「家」の意味が変化したという現実を受け入れなければ、家でチノパンをはく、という発想を持たなかったかもしれません。今までの思い込みに固執していたら「発想」は生まれにくいでしょう。

 

とても小さなことです。
でも、小さなこと、現実的なことは、大切です。


非常時を日常として生きるのに必要ななこと、それは、今までの思い込みを外すこと。

滲み込んだ思い込みを外すはじめの一歩は、現実を認めて受け入れることです。


「コロナさえなければ」「いつまで続くのか」と、ついつい思ってしまってたら、かえってチャンスかもしれません。勇気を出して現実をみましょう。きっと、思い込みを外して前に進むヒントが見つかるはずです。

 
コロナが収束したときに「したい事が出来る元気な自分」でいられるように、今できることを大切にしたいと思います。