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やさしくね やさしくね やさしいことはつよいのよ

 

やさしくね やさしくね やさしいことはつよいのよ

 

 

 

今年(2020年)の3月に亡くなった宮城まり子さんの言葉です。

 

宮城まり子さんは、家族を支えるため十代でデビュー、紅白歌合戦にもたびたび出演した人気歌手ですが、1968年に「からだにハンディキャップをもったこどもの為のお家」社会福祉施設ねむの木学園を設立。絵画や音楽、ダンスなどを重視して、それぞれのこどもの力を引き出す教育に、生涯にわたり情熱を注いだひとです。

 

私が初めてこの言葉を聴いたのは、小学校の映画観賞会で「ねむの木の詩」を観た頃ではなかったかと思います。その後長い間、心の底で眠っていましたが、宮城まり子さんの訃報をきっかけに、この頃、しばしばこの言葉が響きます。

「やさしい」って、どういうことだろう?

 

ちょっとした親切…たとえば、何かモノをくれたり、小さなミスを咎めだてしないで「いいよ、いいよ」と受け流してくれる人。そんな人は「優しいね~」と言われます。「いい人だね」とも言われます。確かにそう。

 

でも、ここでいう「やさしさ」は、そういう種類とも、ちょっと違うと感じます。もっと、眼に見えないような、地中深くに根を張っているような、黙ってそこに、そばにいるだけで滲み出てくるような…他者の存在を受容すること、その尊厳を認めること。比べないこと。「つよい」ことと同じだという「やさしさ」は、きっと、肚がすわっているやさしさ。後から「こっちは気を遣ってあげたのに!」と見返りを求めたりしないやさしさ。

 

新型コロナウィルスの影響が、さまざまな場所に表れて、世界中で多くの人がゆとりを擦り減らしているように見えます。マスコミのニュースも、SNSも、誰かが誰かを情動的に追い詰めるものが目につきます。「人」と「行為」を分けた冷静な議論がなかったら、後に残るのは何でしょうか。

 

「やさしいことはつよいのよ」

 

「やさしさ」がない場所では、みんなで生き延びていくことは難しい。今、私にとって、この言葉はそう聴こえるのです。

 

 

やさしいことはつよいのよイメージ
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やさしくね 

やさしくね 

やさしいことはつよいのよ